楽しむ

ひばりやまとくしょうじ
雲雀山得生寺

行き方歩くと30分くらいでしょうか。JR紀勢本線「紀伊宮原駅」からはバスがないのでタクシーを利用してください(5分)。車では阪和道有田ICから2kmです。
ホームページ http://www.city.arida.lg.jp/ka......youji.html
境内

中将姫の眠る御影堂

雲雀山得生寺は、別名中将姫寺とも呼ばれ中将姫ゆかりのお寺です。中将姫は藤原鎌足の曾孫、右大臣藤原豊成の娘で美貌と才能に恵まれ、9歳の時には孝謙天皇に召し出され百官の前で琴を演奏し、賞賛を受ける。しかし、継母に憎まれるようになるが13歳の時に、三位中将の位を持つ内侍となる。14歳の時、継母から家臣は中将姫の殺害を命じられる。しかし、命乞いをせず、極楽浄土へ召されることをのみ祈り読経を続ける中将姫を家臣は殺める事が出来ず、そこで、家臣は姫を守ることにし、当地に庵を結び安養院と号した。それがこの寺の始まりとされている。その後、承平(931~937)の頃山号を雲雀山得生寺と改め、享徳(1452~4)の頃に浄土宗の寺になったという。中将姫が3年間隠れ棲んだとされる雲雀山(208m)は、峰が2つに分かれている。得生寺から見て、左の峰には中将姫本廟の祠が建ち、近くに家臣の墓がある。16歳の時、淳仁天皇より、後宮へ入るように望まれるが、これを辞す。その後、二上山(奈良県葛城市)の山麓にある当麻寺へ入り尼となる。26歳で長谷観音のお告げにより、姫が蓮の茎から取った糸を井戸に浸すと、たちまち五色に染め上がり、その糸で当麻曼荼羅を織り上げる。当麻曼荼羅は当麻寺本堂(曼荼羅堂)に現存し当麻寺には中将姫の像があります。宝亀6年(775年)春、29歳で入滅。阿弥陀如来を始めとする二十五菩薩が来迎され、生きたまま西方極楽浄土へ向かったとされる。中將姫の命日にちなんで毎年5月14日には來迎会式(中将姫会式)が執り行われ、5才から12才までの25人が菩薩になって(菩薩の面や衣をまとう)御影堂から本堂へ練り歩きます。県の無形文化財に指定されています。会式当日は朝から露店等が出て賑わいます。雨天決行です。

 

 

 

 

 

 

DATA 基本情報

所在地 和歌山県有田市糸我町中番229
電話番号0737-88-7110
FAX番号0737-88-7113
E-mail
車いすの場合 駐車場から中将姫御影堂までは約40mで行けます。障がい者等は境内へも車で入れます。
補助犬同伴の場合 盲導犬等補助犬は境内へはいれます。
料金無料です。
障がい者割引 無  無料です。
バリアフリートイレ 無  「紀伊宮原駅」北側、徒歩3分のくまの古道ふれあい広場にあります。ドアは手動引き戸、オストメイトの方の設備はありません
付近のバリアフリートイレ 情報を見る
車いすの貸し出し 無  貸し出し車いすはありません。
オープン時間9時~16時です。これは本堂を参詣する場合の時間です。境内の散策等は自由です。
休業日特にありません。
駐車場有  駐車場は15台分あります。
エレベーター無  エレベーター設備はありません。
メモ1
メモ2
メモ3
整理番号取材調査日/2011年9月15日(木)11:05~11:45 晴調査者/井戸上 晴子
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